どんな場面を愛情だと感じるのか
「別れさせ屋さん」には、これまでさまざまな男女関係についてのご相談が寄せられてきました。
不倫や浮気に関するご相談だけではありません。
「相手の気持ちが分からなくなった」
「以前はもっと愛されていると感じていたのに、最近は何も感じない」
「夫は『家族を大切にしている』と言うけれど、私はまったくそう思えない」
そんなお話を伺うこともあります。
過去のさまざまなご相談を思い返していると、時々考えることがあります。
もしかすると、「愛情があるか、ないか」だけではなく、「どんな場面を愛情だと感じるのか」が二人の間で違っていることもあるのではないか。
もちろん、本当に気持ちが離れている場合もあります。
不倫など、別の相手へ気持ちが向いているケースもあります。
しかし一方で、本人は愛情を示しているつもりなのに、相手にはまったく愛情として届いていない。
そんな男女のすれ違いも、決して珍しいものではないように感じます。
今回のコラムは、特定の一件のご相談について書くものではありません。
これまで伺ってきたさまざまなお話を思い起こしながら、30代の女性という視点から、
「男性と女性では、愛情を感じる場面が違うことがある」ということについて考えてみたいと思います。
「愛されていない」と思っているのは、私だけなのかもしれない
30代になってから、恋愛について以前とは少し違うことを考えるようになりました。
20代の頃なら、
「好きなら会いたいはず」
「好きなら連絡するはず」
「好きなら言葉で伝えるはず」
そう思っていたことがあります。
もちろん、それも一つの愛情表現です。
でも長く付き合ったり、結婚して毎日一緒に生活したりすると、愛情というものは、いつも分かりやすい形で表れるわけではありません。
私は「もっと話を聞いてほしい」と思っている。
夫は「家族のために働いているんだから、愛していることくらい分かるだろう」と思っている。
私は「たまには二人で出掛けたい」と思っている。
夫は「休日くらい家で一緒に過ごせば十分じゃないか」と思っている。
どちらにも愛情がないわけではないのに、
愛情を伝えている場面と、愛情を感じる場面が一致していない。
夫婦や恋人同士では、そんなすれ違いが起こることがあります。
男性と女性で愛情表現が違う、と簡単には決めつけられない
最初に大切なのは、
「男性はこう」
「女性はこう」
と、性別だけですべてを説明することはできないということです。
言葉で愛情を伝える男性もいます。
言葉より行動を重視する女性もいます。
毎日連絡を取りたい人もいれば、信頼しているからこそ頻繁な連絡を必要としない人もいます。
性格、育った家庭、過去の恋愛、仕事、年齢、現在の関係性によって、愛情の表し方は大きく変わります。
それでも実際の夫婦関係や恋愛の中では、
「私はこれを愛情だと思っているのに、相手には全然伝わっていない」
という問題が起きます。
そこで今回は、「男女は必ず違う」という話ではなく、男女間の恋愛で起こりやすい愛情の受け取り方の違いとして考えてみたいと思います。
女性は「私を見てくれている」と感じた瞬間に愛情を感じることがある
私自身を含め、女性が愛情を感じやすい場面の一つに、
「自分の変化や気持ちに気付いてくれたとき」
があります。
「今日疲れてる?」
「この前欲しいって言ってたよね」
「明日早いんだから、今日は俺がやっておくよ」
こういう何気ない一言に、ものすごく愛情を感じることがあります。
高価なプレゼントではありません。
特別な旅行でもありません。
「私のことをちゃんと見ているんだ」
と思えることが大きいのです。
特に30代になると、仕事も家庭も忙しくなります。
子どもがいれば、母親として動いている時間も増えます。
夫婦でいるはずなのに、
妻。
母親。
家事をする人。
予定を管理する人。
そんな役割としてしか見られていないように感じることがあります。
だからこそ、
「一人の女性として、自分自身を見てもらえている」
と感じる瞬間が、愛情として強く残ることがあります。
「大丈夫?」より、「今日は俺がやるよ」に愛情を感じることもある
言葉だけではなく、行動によって愛情を感じる女性もいるでしょう。
体調が悪いときに家事を代わってくれる。
重い荷物を自然に持ってくれる。
仕事で遅くなった日に夕食を用意してくれる。
自分の予定を覚えていてくれる。
こうした行動には、
「あなたの負担を減らしたい」
という意思が見えます。
長い夫婦生活では、
「好きだよ」という言葉以上に、「あなたを一人で頑張らせない」という行動が愛情になることがあります。
30代になると、この感覚は若い頃より強くなるかもしれません。
恋人だった頃は、誕生日のプレゼントやデートがうれしかった。
でも今は、疲れて帰った日に洗濯物が畳んであるほうがうれしい。
そんな愛情の変化もあると思います。
男性は「頼られたとき」に愛情を感じることがある
一方で、男性側では、
「自分が必要とされている」
と感じる場面を、愛情として受け取る人もいます。
何かを相談される。
頼りにされる。
自分の意見を聞いてもらえる。
自分がしたことを喜んでもらえる。
そんな場面です。
例えば夫が、
「車のことなら俺がやるよ」
と言ったとします。
妻からすれば、
「それより今日の私の話を聞いてほしい」
と思っているかもしれません。
しかし夫にとっては、
「困っている妻を助ける」
こと自体が愛情表現なのかもしれません。
ここで問題なのは、どちらが正しいかではありません。
妻が求めている愛情と、夫が差し出している愛情の種類が違うのです。
男性にとって「自由にしてくれること」が愛情になる場合もある
これは夫婦ですれ違いやすいところだと思います。
女性側は、
「好きならもっと一緒にいたいと思うはず」
と考えている。
ところが相手は、
「信頼しているから、それぞれ好きなことをしていても大丈夫」
と考えている。
妻が、
「どうして休みなのに一人で出掛けるの?」
と思っていても、夫側には、
「夫婦なんだから一日中一緒にいなくても関係は変わらない」
という感覚があることがあります。
これは必ずしも愛情が薄いという意味ではありません。
むしろ、
「この関係は簡単には壊れない」
という安心感を持っている可能性もあります。
ただし、それを何も説明しなければ、
妻側には、
「私より趣味のほうが大切なの?」
としか見えません。
本人の中では「信頼」でも、相手には「無関心」として届くことがある。
これは長い関係ほど注意したいすれ違いだと思います。
女性は「会話そのもの」に愛情を感じることがある
女性同士では、
「今日こんなことがあってね」
という話を、結論もなく長くすることがあります。
解決策が欲しいわけではありません。
ただ聞いてほしい。
「それは嫌だったね」
と言ってほしい。
ところが男性側は、
「じゃあ、こうすればいいじゃん」
と解決策を提示する。
すると女性は、
「そういうことじゃない」
となる。
男性側からすると、
「困っているから解決策を考えたのに、なんで怒るんだ?」
となります。
これも愛情のすれ違いとして起こることがあります。
女性側にとって、
話を聞いてくれる時間そのものが、「あなたを大切にしています」というメッセージになっている
ことがあります。
一方、相手は、
問題を解決してあげることが愛情だと思っている。
両方とも相手のことを考えているのに、なぜか喧嘩になります。
「何も言わなくても分かる」は、夫婦ではかなり危険な言葉
長く一緒にいると、
「いちいち言わなくても分かるだろう」
という気持ちが出てきます。
でも、愛情ほど言わなければ分からないことがあります。
「仕事を頑張っているのは家族のため」
「毎日帰ってくるのが愛情の証拠」
「家族なんだから大切なのは当たり前」
本人はそう思っている。
でも妻は、
「私は最後に好きと言われたのがいつか思い出せない」
と思っているかもしれません。
反対もあります。
妻は毎日家事をして、夫の体調を考えて食事を作り、生活を整えている。
妻にとっては十分な愛情表現です。
でも夫は、
「最近全然自分に興味を持ってくれない」
と感じているかもしれません。
愛情は、持っているだけでは相手に伝わらないことがあります。
スキンシップを愛情と感じる人、安心を愛情と感じる人
身体的な距離も、人によって受け取り方が違います。
手をつなぐ。
抱きしめる。
隣に座る。
夫婦生活を持つ。
こうした身体的な接触によって「愛されている」と感じる人がいます。
一方で、
毎日帰ってくる。
困ったときに助けてくれる。
家計をきちんと支えてくれる。
将来の話を一緒にする。
こうした安定を愛情として強く感じる人もいます。
ここで気を付けたいのは、
「セックスがある=愛されている」「セックスレス=愛情がない」と単純には判断できない
ということです。
仕事の疲労、体調、子育て、生活リズム、夫婦間の問題など、身体的な関係にはさまざまな要因が影響します。
反対に、身体的な関係が続いていても、それだけで夫婦関係全体が良好とは限りません。
一つの行動だけで愛情全体を測ろうとすると、見誤ることがあります。
30代の夫婦には「恋愛の愛情」だけではない愛情が増えてくる
10代、20代の恋愛では、
「会いたい」
「好き」
「ずっと一緒にいたい」
という感情が愛情の中心だったかもしれません。
でも30代になり、生活を共にする時間が長くなると、愛情の形は変わってきます。
病気になったら病院へ連れていく。
仕事で大変なときは家のことを引き受ける。
子どもの将来を一緒に考える。
相手の両親のことまで気に掛ける。
何年先の生活を当然のように一緒に考える。
派手ではありません。
SNSに載せても映えません。
でも、
「この人の人生を自分の人生の一部として考えている」ことも、とても大きな愛情なのだと思います。
「愛されていない」と思ったとき、確認したいのは言葉より全体
夫から最近「好き」と言われない。
LINEが減った。
デートに誘われなくなった。
そうすると、
「もう私に気持ちがないのかな」
と不安になることがあります。
もちろん、本当に関係が冷めている可能性もあります。
しかし、それだけで判断するのは早い場合もあります。
体調が悪いとき、どう接してくれるか。
困っているときに動いてくれるか。
自分の将来を相手の予定の中に入れているか。
大切な決断を相談してくれるか。
こちらが傷ついているときに無視しないか。
約束を守ろうとしているか。
こうした行動全体を見ると、言葉だけでは見えなかったものが分かることがあります。
ただし、「愛情表現が違う」で何でも片付けてはいけない
ここはとても大切です。
連絡をしない。
約束を何度も破る。
嘘をつく。
不倫を続ける。
相手が傷ついていることを分かっていて無視する。
それを、
「男性は言葉にしないから」
「男ってそんなものだから」
で済ませる必要はありません。
愛情表現の違いと、相手を雑に扱うことは別の問題です。
価値観の違いなら話し合えるかもしれません。
しかし、相手の気持ちを知ったうえで繰り返し傷つけているなら、単なる「男女の違い」では説明できません。
そこは区別したほうがいいと思います。
「愛しているか」より、「私に届く愛し方をしてくれているか」
30代になって思うのは、
「相手が私を愛しているか」
という質問だけでは足りないということです。
相手なりには愛している。
でも私はずっと寂しい。
相手なりには家族を大切にしている。
でも私は一人で家庭を支えているように感じる。
それなら問題はあります。
愛情は、相手の心の中に存在しているだけでは、関係を維持する力にならないことがあります。
自分が愛情だと思う方法ではなく、相手が愛情を感じられる方法で伝える。
これが長い関係には必要なのかもしれません。
妻は、
「たまには言葉で言ってほしい」
と伝えていい。
夫も、
「頼ってもらえるとうれしい」
「一人になる時間も必要だ」
と伝えていい。
そこを言葉にしないまま、
「普通なら分かるでしょ」
と考えてしまうと、二人の「普通」はどんどん離れていきます。
愛情の違いを知ることは、我慢することではない
相手の愛情表現を理解するというのは、自分がすべて我慢することではありません。
「この人はこういう愛し方をするんだ」
と理解したうえで、
「でも私は、こうしてもらえると愛情を感じる」
と伝える。
その両方が必要です。
夫婦でも恋人でも、最初から完全に同じ価値観を持つことは難しいでしょう。
だからこそ、
何をされたらうれしいのか。
何をされると寂しいのか。
どんなときに大切にされていると思うのか。
それを知っていくことが、関係を作ることなのだと思います。
男性と女性だから違うのではなく、
二人の人間だから違う。
そのうえで、男女という違いや、育ってきた環境、考え方、生活の役割などが、そのズレを大きくすることがあります。
もし最近、
「この人はもう私を愛していないのかもしれない」
と思っているなら、一つの場面だけで結論を出す前に、少し広く関係を見てみてもいいかもしれません。
言葉ではなく行動に愛情がある人もいます。
一緒にいることを愛情だと思っている人もいます。
自由にさせることを信頼だと思っている人もいます。
そしてもちろん、自分が寂しいと感じていることも無視してはいけません。
「愛されているはずだから我慢する」のではなく、「私はどんなときに愛されていると感じるのか」を自分自身が知る。
過去のご相談を思い返してみても、この「愛情の翻訳」ができなくなったところから、二人の距離が大きくなってしまうことがあります。
だからこそ、「相手に愛情があるのか」を考えるだけではなく、
二人の間で愛情がきちんと届いているのかを見ることも大切なのではないでしょうか。
カウンセラー M